
チェンマイの老人ホームのご紹介。
「マッケーン・リハビリセンター」内にある「ドク・ゲーオ・ガーデン」である。
”ドク・ゲーオ"とは”Orange Jessamine"のタイ語名で、この花は人々に幸せをもたらすというタイの伝説から、名づけられた。
(和名は”月橘”(げっきつ)で月夜に甘いミカンの香りを放つと言われている)
マッケーンリハビリセンターの由来は以下の通りである。1907年、アメリカの長老派教会の宣教師であったジェームス・マッケーン博士がハンセン病患者の悲惨な生活状況を国王に訴えて、川と運河に囲まれた国王の土地(60万Ha:約18万坪)が授けられた。1908年に「チェンマイハンセン病患者保護施設」が完成。患者の治療が開始された。
1940年代にダブソンと言う特効薬が開発され、不治の病と言われていた「ハンセン病」は完全に制圧される病であることが解った。
リハビリセンターでは元患者の外部コミュニティーとの共存、他の障害者との共存、高齢者との共存を目指している。現在は、その一環として老人ホームの運営が始まっている。
ハンセン病が癒えた患者たちは「回復」という言葉ではなく「経験」と言う言葉を使うとのこと。すなわち、人生の数ある経験の一つというとらえ方をしているとのこと。
それでも、高齢で故郷に帰ることが出来ない元患者たちは、この広大な敷地内で無農薬野菜の栽培や手工芸品の製作等で自活の道を歩んでいる人たちも数十人おられるとのこと。
敷地内の教会 元患者の方々の家


老人ホームはこの敷地の一部にあり、健常者棟(Lotus Wing:10室、24,000バーツ/月、食事代、ほか諸費用含)と介護者棟(Jasmine Wing:16室(中廊下形式)、35,000バーツ/月、食事代、ほか介護費用含)で構成されている。(現在の為替レートは、1バーツが2.5円)
ある人の言によれば、介護者棟は”召される前のひと時を安らかに過ごす場所”なのだそうです。隣接するマッケーン病院の24時間のケアも用意されており、人生の最後をゆったりと暮らすには最適の場所であろう。
そのほか、入居者の生活を支えるために、絵画や彫刻の工房が用意されており、乗馬も楽しめるとのこと。広大な敷地を散歩しながら、元患者の方々との交流も始まっている。




# by kentakajp | 2012-02-01 23:58 | チェンマイ | Trackback | Comments(0)













4月初旬、タイでは"ソンクラーン"が始まる頃で、外国人は海外へ脱出、タイや東南アジアの人々は日本の"桜”を愛でるために日本へと言うことで、日本行きの観光客や帰国の人々で満席になるのが通例である。しかし、今回は有料で少し広めの座席を指定(Hot seat、2700円)したのに、機内ではお好きなところにお座りくださいとのこと。
A.AThai は驚いたことにチェンマイ空港に8:40に到着、9:10にはクアラルプールに向けて飛び立つと言う荒業を見せてくれた。過密と言うか合理的と言うか。(おそらく、クアラルンプールからdailyの便であろう)しかも、ほぼ定刻どおりのflightであった。(これもLCCの真髄か?)
Shuttle Bus(1回:1RM)もタクシー乗り場の近くから、利用できる。20m2そこそこの狭い部屋にKing sizeのbedが備えられており、スーツケースを運び込むのにも一苦労である。
しかし、宿泊するのみと言うことに徹すれば、これも合理的であろう。1階にレストラン(デカンター)とSeven11があり、飲食は何とかできる。

ホテルは当地独特の茅葺でラタンの壁を使ったものが多く、自然との調和に気を使っている。今後、大きな空港建設や大型のリゾート開発が計画されているとの事。自然が保たれるか心配なところである。島のホテルは海岸線を有効に使って、海を見ながらの朝食、夕食は素晴らしいものであった。
未だに、庶民の足として活躍しているロバが引っ張る"チドモ"が堂々と闊歩している姿を残して欲しい。
バリ・ヒンズー教徒が90%以上を占め、イスラム教主体のインドネシアの中では特異なところである。



