チェンマイロングステイ総括

昨年、10月に一ヶ月の下見をし、12月中旬から、避寒を兼ねて3ヶ月のロングステイを楽しんだ。(家内は一ヶ月のステイで帰国)
テニス、ゴルフを楽しみ、ボランティアの団体の方々と何がしかの協働が出来たらという漠然とした目標を持っていた。
然し、12月下旬には右ひじがテニスエルボウになり、シップ薬やサポーター等を試みたが、即効性は無く、しばらくテニスを断念。又、2月8.9の両日で、ビザの再取得を兼ねて、メーサイ~ゴールデントライアングル~チェンライ方面を訪ねたが、チェンマイに戻る車中で体調を崩してしまった。2月11日には、救急車を呼んでの緊急入院となり、9日間の入院生活を余儀なくされた。炎天下に、思いリュックを背負っての強行軍が裏目に出たもので、年齢を考えずに、自信過剰での強行軍であったことを深く反省している。
最終検査を終え、3月11日早朝に何とか帰国した。暖冬と聞いていたが、この日から冬に逆戻りとか。西高東低の気圧配置が暫く停滞し、桜の開花予想も暫く延期とか。
さて、憧れのチェンマイでの生活は、若干 予想を裏切られる結果となった。体調不良は別として、チェンマイの大気汚染が予想以上に進んでいた事だ。近年の車の増加と排気ガス規制の無い事及び昔から行われている野焼きや乾季の山火事等が汚染の原因と言われている。タイ政府もこれを憂慮し、13万個のマスクを用意したとニュースは伝えている。山に囲まれた盆地と言う地勢上の不利はあるとしても、浮遊粒子状物質の濃度はバンコックを上回っているとか。
特に、乾季には呼吸器系疾患が増加しているとの事。
湿度が低く、温暖で物価が安く、且つ治安が良いと言う点では合格なのだが、大気汚染が深刻なのは高齢者の多いロングステイには不向きと言わざるを得ない。
むしろ、田舎風情を残しているチェンライやメーホンソンの方がロングステイには向いているのかもしれない。(3月末のニュースでは、これらの地域での大気汚染も深刻だと報じている)
チェンマイのロングステイヤーはCLLクラブに登録されているだけでも、160人を越えたとか。約50組がご夫婦で残りは単身滞在者と言う事になる。短期滞在者や駐在員も含めると、常時3000人は越えており、乾季の観光トップシーズンでは、5000人位ではと領事館は予想している。今後、70歳以上のロングステイヤーが増加傾向にある事から、老人ホーム建設も話題に上りつつある。

体調を崩したと言う事で、アウトドアの目的は達成されなかったが、インドア即ちタイ語の勉強は先ず先ずの成果があった。又、"チェンマイ日本語キリスト教会"の存在を知った事から、礼拝に出席されるキリスト者で色々なボランティア活動をなさっている方々と知り合いになれた事は収穫であった。エイズ及びHIV感染者の基礎的事項、タイ北部での実情及びYMCAを通じて山岳民族の子供達支援等、チェンマイでのボランティア活動の実情を幾らか勉強出来た気がする。
これらの事で、今後何かお役に立てればと思って、基礎資料を集めて勉強中である。

今後、半年掛けて、チェンマイのロングステイを反芻してみようと思っている。再度、チェンマイを訪れた際は、"チェンマイ便り続編"として、ブログで紹介したい。
今回は、この稿で"チェンマイ便り"を閉じる事にします。
しばしば、このブログを見て頂いた方々に、心から感謝いたします。
以上
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by kentakajp | 2007-03-19 14:28 | ご挨拶

チェンライ

午前9時過ぎに、チェンライバスステーションに到着。早速、本屋で地図を購入し、自分のいる場所を確認。店員に店の前の通りの名前を聞くも、要領を得ない。一般的に、タイの人は地図を読むのが苦手と聞いている。
隣の店で、コーヒーを飲みながら、行動予定を練る。人口はチェンマイの1/5程度で大きな建物が無く、通りも広く、車の数がが少なく、歩行者優先という点では、チェンマイと大違いである。チェンマイがここ数年で車の数が倍増し、排気ガス汚染に悩まされている点とは大違いである。
町の交通標識に何故か、中国語が併記されている。タイ北部、特にゴールデントライアングル近郊では、中国国内の勢力争いから逃避して来た中国国民党の人々が多く定住することになったからであろう。f0116707_1222414.jpg
先ず、バスステーション近くのワット ジェット・ヨドを訪れる。1844年建立で、1978年には王室の3rd.grade寺院に指定された。f0116707_12232397.jpg次に、









1385年建立のワット プラ・シン。次に、ワット プラ・ケオ。この寺院はエメラルド仏の歴史が刻まれている。14世紀末にカンボジアから奪い返されたエメラルド仏は、この寺院の漆喰の中に隠されていたが、落雷でその姿を現し、以後、ランパーン、チェンマイ、ラオス(16世紀中頃~18世紀中頃)と転々とし、18世紀後半から、現在のバンコックのワット プラ・ケオに安置され、今日に至っている。f0116707_12243973.jpgf0116707_12402255.jpg









ワット グム・アン。1317年にメーンライ王がチェンマイで落雷により逝去。その遺灰が埋められているという。
ワット ドイ・トング。1263年1月26日に町の中心(city navel)として、メーンライ王が建立したと言われている。(1262年~1296年はチェンライがラーンナー王国の首都、その後チェンマイに遷都)又、その隣に、不思議な建造物を発見した。これは、宇宙と現世を表すもので云々と説明書きがある。中心の柱は町の中心を表しており、その周りに108本の柱が配置されている。1988年1月26日に、チェンライ発祥の地を記念すると共に、現国王ラマⅨ世が1987年12月5日に60歳になられた事を記念して作られたとの事。f0116707_1226128.jpgf0116707_1226511.jpg









慌ただしく、チェンライの町を駆けずり回って、午後1時過ぎに、バスステーションへ。炎天下、約4時間の寺院めぐり(5~6km)であった。静かで、遺跡の保存状況も良いこの町を、ゆっくりと再訪したいものだ。
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by kentakajp | 2007-03-19 12:42 | タイ北部